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表紙

『東洋炭素半世紀のあゆみ 炭魂 ―21世紀へ―』

なにもない状態だったのに意図した「社史」ができた!

B5判208頁、上製本、平成13年5月発行

東洋炭素株式会社 管理本部総務次長 村田 純一 様

まず、資料を掘り起こす

昭和16年の創業以来、戦後の混乱期をなみなみならぬバイタリティで乗り切り会社の基盤を築かれた先輩諸氏。その苦労を語り継ぎ、きちんとした記録を残そうと考えました。また人間でいえば還暦にあたる21世紀の最初の年に「社史をつくるぞ!」という意気込みとともに。ところが、創業から昭和40年代頃までは全社的に“形として残っている資料がほとんどない”という状態に直面してはたと困ってしまいました。

しかし、幸いにも当社では創業当時の経緯を知り、設立にも深く関わられた社長が健在です。そこで、その記憶と手帳などのメモ類をフル回転していただき、それに当時を知る人々の証言を交えてまとめようということで前向きの目標を立てました。

まず最初に、何が残っているのか? を調べました。すると、昭和23年頃からの決算書が出てきました。それによって会社の経営状態はわかります。そこで、その周辺事情を探るために製造や営業など部門別にOBの方々のインタビューを開始しました。面倒でも一人ひとりからお話を聞くようにしたので、特定の部門に偏ることなく全社的なレベルで情報収集をすることができたと思います。また、メーカーとして研究開発に力を注いでいたために、製品開発や製造関係の記録など技術に関連した資料は、初期の頃からきちんとまとめたものがあり大いに助かりました。

ラッキーだった写真収集

苦労したのは写真集めです。そこで、関係者に対して徹底的に写真の提供を呼びかけました。社長のお宅に出向いたのはもちろん、OBや古参社員の方には電話&訪問作戦でご協力をお願いしました。すると不思議なことに、古い写真でも熱意をもって探すと出てくるものです。だめもと…と思いながら探していると、近所の会社からいただいた写真の中に偶然にも創業時の当社が写ったものが出てくるといった幸運もありました。また、従業員のなかには写真が趣味という人も多く、工場設備や慰安旅行、運動会などの写真を数多く提供していただきました。

みんなの協力でできた社史

完成社史

編集にあたって考えたことは、(1)誰に読んでもらうのか、(2)どうしたら読んでもらえるか、(3)会社の進む方向を示すことができるか…の3点です。

そのために、できるだけ親しみやすい編集を心がけ、例えば本文においても差し支えのない範囲で個人名を出す、座談会に参加してもらう、資料編の「特許権利一覧」や「実用新案権・意匠権一覧」も記名にするなどの工夫をしました。写真は結局、カラー・白黒で約230点、図版113点を掲載することができ、古い製品を含めて全体にわかりやすいと好評でした。

そうやってOBの方々はもちろん、大学の先生たちやお取引先など社外の皆さんのご協力を得て作ったものですから「みんなで作った社史」という思いがしてなりません。しかも、何もない状態からスタートしたわりには、「会社の歴史を正しく知ってもらう」という意図は果たせたと思います。

一連の作業を通じて記録の重要さを痛感しましたので、今後は社内報の改革はもちろん、会社の記録を残す“しくみ”を作ろうと思っています。また、この社史の全文はCD-ROMに保存してありますので、採用資料、教育資料、ホームページなど今後の活動に有効に反映させていくつもりです。

ありがとうございました

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