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表紙

『財団法人原子力安全技術センター 25周年記念誌』

20年史の反省を生かし、事務局中心の制作体制で分担執筆を効率化。事業の変化の激しい昨今、将来展望に重点を置いて編集しました。

A4判72ページ、並製本 2005年10月発行

財団法人原子力安全技術センター(会長 村上健一) 特任参事 鴻坂厚夫 様
企画部 藤本賢嗣 様

これまで10年、15年、20年、そして今回の25年と刊行されていますが、5年おきに刊行されている理由は何ですか?

5年おきと特に決めているわけではありませんが、当センターの事業は変化が多く、人の入れ替わりも多い流動的な組織なので、10年というスパンでは長い気がします。特にこの5年は、省庁再編や公益法人改革、放射線障害防止法の改正など、センターを取り巻く環境が大きく変化しましたので、「5年」という期間がなおさら区切りになったと思います。

25周年記念誌の刊行に当たっては、前回の20年史との違いを意識されましたか?

20年史では、創立から20年間の歴史を集大成するという考え方で編集しました。当センターは旧科学技術庁の所管で、同庁が他省と統合する方向でしたので、同庁の外郭団体としての技術の足跡をまとめることで歴史を辿るという方針でした。

しかし、この5年は省庁再編による制度の変更が大きい“変革期”でしたので、25周年記念誌では、センターとしてこの変化にどのように対応してきたか、そして、センターがどのように生まれ変わるのか、現状と将来展望に重点を置いて編集しました。「25年“史”」ではなく「25周年記念“誌”」としたのも、そういう理由です。

どのような制作体制で臨まれましたか?

完成社史

少人数の編集部会を作り、記念誌の骨子やおおまかな目次を決めて、各事業部に分担執筆をお願いしました。実は、20年史の時は事業部の代表者が集まって大きな編集委員会を開いていたのですが、人数が多かった上に皆さん通常の業務を兼任しての編集作業でしたので、あまりスピードが上がらず、効率的ではありませんでした。

そこで今回は、小規模な編集部会にし、事務局が小回りをきかせて記念誌の制作に当たりました。原稿の提出が遅い事業部に対して催促したり、時には下書きを書いたりしたこともありました。

今回の記念誌の制作で、特に苦労したり、学ばれたりしたことがありましたらお聞かせください。

完成社史

事業部ごとに執筆を分担してもらいましたので、言葉の使い方や表現がうまく統一されず、事務局でその点に注意しながらまとめるのに苦労しました。法令に基づいて業務を行っている事業部の原稿は法令用語が多く硬い表現になりがちだったりと、原稿も部署ごとに特徴が表れていました。

将来展望に重きを置くという方針でしたが、そのコンセプトに沿って書かれておらず訂正が必要な原稿もありました。中には昨年設置されたばかりの新しい部署もあり、中・長期的な展望が明確に打ち出せず苦労しました。将来像を言葉で表現するのはなかなか難しいので、概念図を描いてイメージがつかめるように工夫したりもしました。

刊行後のセンター内外の反響はいかがでしたか?

完成社史

「これまでの事業内容がよく整理され、展望も書かれているので、現在のセンターの置かれている立場がよく分かる」との意見をもらったときは嬉しかったです。センターにはプロパーの人だけでなく外部から出向されている方もいらっしゃいますので、当センターの事業を知っていただく上で記念誌を活用していただきたいと思っています。省庁の関係者にも、資料の一つとしてお配りしています。

最後に、これから社史や記念誌を作られるご担当者の方にアドバイスがあればお願いします。

完成社史

最初にしっかりと編集の基本方針を立てて、記念誌の性格付けを明確にしておくことが重要です。

分担執筆ではメールでの原稿のやりとりが多くなりますが、執筆者と直接顔を合わせてコミュニケーションを図ることが大事だと思います。スタッフの皆さんは自分たちの業務そのものを文章化するということにあまり慣れていないので、事務局が積極的にリードして執筆がスムースにいくよう執筆者を手助けしてあげることも必要だと思います。

ありがとうございました

■財団法人原子力安全技術センター プロフィール

放射線障害の防止に関する業務、原子力防災に関する業務、原子力安全の確保に関する研究調査、普及、啓発等の業務を通じて、原子力利用の健全な発展に寄与している公益法人です。

http://www.nustec.or.jp/

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