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表紙

『日弘ビックス50年の歩み 色と分散に挑戦した者たち』

発刊の5年前から準備に入り、制作期間は3年。
それでも技術面の扱いなど、多少の試行錯誤はありました。

B5判192ページ、並製本 2007年1月発行

日弘ビックス株式会社 専務取締役 中村 貴 様

社史制作を決定されたのは、発刊のどのくらい前でしたか?

正式決定は3年ほど前ですが、制作の機運は45周年の頃からありました。ちょうどその頃に退任の時期を迎えた役員が、社史制作中の取引先に相談に行ったり、制作会社に当たりをつけたりして、準備を開始していたんです。

20年史に続いて、50周年というタイミングで社史を発刊されたのは何故ですか?

20年史の後は、事業がどんどん発展していた時期でもあり、過去を顧みるゆとりがありませんでした。だから、半世紀の節目である50周年は是非とも作りたかった。社長もその頃には80歳を迎えますし、次の50年を展望する意味でも、このタイミングで作っておかねばということです。

どういう体制で臨まれましたか?

完成社史

各部署から担当役員が参加する横断組織として、社史編纂室を作りました。事務局は総務でしたので、室長は総務担当役員とし、そのうえで私が全体統括を務めました。ただ、これは大きな意思決定を行う組織なので、このほかに取材のアレンジなど事務作業を行う総務部員1名と、年表作成や写真・資料の収集・整理にあたる実作業担当者として顧問2名を加えて、社史編纂室全体を構成しました。

2名の顧問はどういう経歴の方ですか?

1名は当社の技術部門のOB、もう1名は当社の経営顧問を務めていた取引先の元役員で、この方はその取引先で社史編纂を取り仕切った経験をお持ちでした。やはり経験者がいると違いますね。年表作成や資料・写真の整理などはかなりスムーズに進みました。

企画にあたって特に腐心された点は何ですか?

技術面の記述をどこまで盛り込むかに悩みました。最初は本文を経営編と技術編に分ける案もあったのですが、詳しく記述すると企業秘密に類する部分も書かねばならなくなるので断念して、資料編に技術フロー図を入れることにしました。ところが、これも詳しくなりすぎて、情報の加減に苦しみました。

結果的にはフロー図の掲載も断念して、本文に技術面の記述が入りましたね。

完成社史

ええ。ただ、本文の方針変更のほうが先だったんです。本文は最初、経営面に絞るつもりだったんですが、原稿が上がってみると、技術がウリの会社の社史としては、やはり物足りないんですね。なぜ当社は発展してきたのか、そのへんの説得性が薄いんです。 案の定、社内チェックでは、次々と開発の経過や苦労話などの追加要請が来た。それを入れてみると、やはり充実してくるし、技術オンリーの記事ではないので、技術をどこまで記述するかという内容の調節もしやすい。社員がどういう苦心を重ねてきたのかという人間味も加わる。しかも、これなら技術フロー図は割愛しても支障はない。試行錯誤にはなったけれど、これで正解だと。

口絵は色彩を駆使したかなり個性的なデザインになっていますね。

当社のコアビジネスは着色材で、技術の基本は「色と分散」です。これを口絵でアピールしたかったんですが、絵にするのが難しい。撮影にも凝りに凝ったんですが、いまひとつピンとこない。それで、当社のカラーマッチングシステムを開発した役員にアイデア面で協力を仰いだんです。

そうしたら、いきなり完成デザインで上がってきた。ボツにした技術革新のフロー図のエッセンスまで入れてある。ビックリしましたけど、当社の個性は確かによく出ている。やはりDNAは確実に社員の中に受け継がれているなと思いました。それに、当社の仕事は感性が大事なのですが、それを証明してくれたという意味でも、うれしかったですね。

未来編「新たなる飛躍 売上高100億円に向けて」の企画意図をお話しください。

完成社史

創立50周年を機に、グループ全体の年間売上高100億円という目標を掲げました。社史は対外的にこれをアピールするのにちょうど良い媒体でしたので、経営三役がリレー式で、その目標に向けた経営計画を語るページを設けたわけです。

以上のほかに、制作にあたって、特に苦労されたことはありますか?

写真集めが意外に難航しましたね。古い時代のものもそうですが、近年分も思ったほどスムーズにいきませんでした。社内報をここ15年ほど中断していたのが痛かったですね。資料を残しておくという文化が社内になかったなと反省した次第です。

それと専門用語の統一にも苦労しましたね。「酸化チタン」と「二酸化チタン」のどちらの表記をとるかなど、業界でも、学界でもシチュエーションに応じて使い分けている用語がかなりあって、最後までああだ、こうだと尾を引きました。

配布後の反響はいかがでしたか?

完成社史

たくさんの取引先から、会社案内ではわからない御社の歴史・文化がわかってよかったという趣旨の感想をいただきました。採用関係でお世話になっている大学や各工場の地元自治体にも配りましたが、社史を作れる歴史と内容を持ったしっかりした会社という印象を強め、認知度を上げる効果がありました。就職内定者にも配ったので後で印象を聞いたんですが、特に親御さんが、「ああ、いい会社に入ったんだ」という安心感を持たれたようです。

社内の反響はいかがでしたか?

社員本人もさることながら、家族の皆さんに好評だったようです。親の勤めている会社の仕事がどういうものかよくわかったと。確かに、なんか色を扱う会社だという以外の細かいところはわかりにくい業態ですからね。その意味では、帰属意識の高揚という効果はあったと思っています。

最後に、これから社史を担当される方にアドバイスがありましたらお願いします。

やはり準備期間が大切だということでしょうか。早めに準備に入り、丁寧に資料の収集・整理をしておくことです。そうしないと、後で苦労することになります。実際に体験した制作過程のことを考えますと、あれでもっと取り組みが遅くなっていたらどうなっていただろうと、今さらながら冷や汗が流れます。

ありがとうございました

■日弘ビックス株式会社 プロフィール

豊富な経験と技術で、無限の広がりと奥行きを持つ「色」を創造するプラスチック用着色剤の専門メーカー

http://www.nikko-bics.co.jp/

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