
『三機工業百年史 正史』
A4判上製本 カラー416頁 2025年7月発行
『三機工業百年史 ダイジェスト版』
A4判中綴じ カラー12頁 2026年3月発行
プロジェクトの立ち上げから書籍の完成まで約10年をかけた息の長い取り組みで、会社のスピリッツ、DNAを約400ページの社史にぎゅっと凝縮。「後世の社員のために」という多くの関係者の願いがこめられたこの社史は、「参考書」として末永く活用されることでしょう。
広報・IR部 社史編纂プロジェクト
リーダー 橋本かおる 様、課長補佐 奥冨唯 様
誇りをもって仕事に取り組んでいってもらうための参考書にしたい」
最初に、百年史の発刊目的はどのように方向付けられていたのでしょうか?
橋本:社史編纂プロジェクトが立ち上がることになったのは、2015年に当時の会長・梶浦から「10年後の発刊を目指して社史をつくろう」との声がけが私達にあったのが発端です。弊社はこれまで、35年史(1960年刊行)、60年史(1986年刊行)、70年史(1995年刊行)と社史を3回制作しています。
「創立100周年事業プロジェクト」を経て、2017年「100年史準備室」、2019年「100年史編纂プロジェクト」となり、現在に至っています。
それまで経営層とは相当に密なやりとりを積み重ねてきていましたので、そこに自分達の思いも付け加えて、社史発刊の目的を次のように定めました。
- ・創立以来の弊社の歩みを明らかにし、現在も含めた「忘れてはならない出来事」を社員および後世に伝承する。特に技術開発史(三機初めて物語≒業界初めて物語)や不祥事を含む重要な出来事をきちんと伝える。
- ・「選ばれる会社になるため」の価値の創造(エンジニアリング)を軸に、創立者や先輩社員が課題や顧客要望に前向きに取り組んできた歩みを記す。その精神はDNAとして今も受け継がれてお り、三機工業の企業文化として後世の社員の道しるべとする。
- ・成功事例だけでなく、失敗や困難な出来事も含めて問題提起することで、社員一人ひとりが立ち止まり、考え、学ぶきっかけづくりとする。
編纂事務局に任命された際、どのようなことを感じ、お考えになりましたか?
橋本:最初はなぜ?と思いましたが、資料を整理してるうちに、新人のときに膨大な技術資料のファイリングをしていたこと。物を捨てられない性格のため弊社の廃棄されそうな資料を保存してきましたし、資料が私のもとに集まってきていたことを考えると必然だったのかと思うようになりました。
また、以前、社史関係のセミナーを聴講したときにこんな話を聞いたんです。「ある会社の社長が急逝されて今後の経営体制や計画の見直しなどで議論百出となったとき、社史が適切な指針になった」と。社史というのは確かに価値のあるものだと納得しました。不測の事態がおこったときでも、会社の歴史的経緯が公正に記述された社史を読めば、会社が今後進むべき道がわかるものなんだということですね。これは、社史は参考書であるという側面です。
しかしそれにもまして私の強い動機となったのは、社内外の方々に弊社のことを正しく知ってほしい、正しく伝えたいという思いなのです。前のご質問で「業界初めて物語」と言いましたが、弊社が初めて世に出したものはいくつもあるんです。たとえば電縫鋼管ですが、数年前の日本製鉄様とUSスチール様の合併話のとき、大手書店では日本製鉄様の書籍が並びました。弊社のことがでてるかな?って少しだけ期待したのですが、全くかすりもせずでした。ちなみに電縫鋼管は弊社が長い時間をかけて制作し、名づけ親でもあります。(1960年当社全額出資の富士三機鋼管を設立。翌年95%の株式を富士製鐵に売却し鋼管事業より撤退、1971年には新日本製鐵に合併)
またスチールサッシ生産の標準化・量産化は、業界の常識を打破して弊社が初めて実現したのですが、今のサッシ業界の方たちはまったくご存じなくて、それが悔しくて…こういった三機の熱いチャレンジ精神というかスピリッツを、社内外に知らせたいという強い気持ちが、私個人としてありました。
奥冨:私は入社して7年目くらいで社史編纂に加わりましたが、最初は「ええーっ?どうしよう!」と戸惑いました。その時点で私はまだ100年史のうち7年も知らないわけで、そんな自分に社史編纂が務まるのか?とも思いましたけども、すぐに「いやいや、自分の仕事はそこじゃない。歴史の知識の必要なところは橋本たちベテランに任せて、自分としては歴史を学びつつ、自分のできる仕事をやればいいんだ」と考えを改めました。
とはいえ、社史というのは弊社の出来事・技術の起源・変遷、その他いろいろな意味でのよりどころとなるので、かなりの重圧でした。
100年史には沿革の他に、歴史絵巻、初代社長と石田社長の架空対談など、ユニークな記事が満載されています。これらの記事立案における思いをお教えください。
橋本:数年前に技術系の大手企業さんが技術内容の濃い立派な社史を出されたんですね。それを見てガーンと衝撃を受けて、文系の私達には「こんなの無理!うちにはできない」とあきらめかけました。いやいや私達の出来る方法で何とかその社史に挑みたいと思って皆でひねり出したのが、ビジュアルで見せるという方法です。
そんな時、当時の会長・長谷川より弊社のはじまりが記述されている旧三井物産様の取締役会議案書を三井文庫で見つけたとの耳寄りな情報が飛び込んできました。早速取りよせ、百年史の最初の頁に掲載しました。
奥冨:これは私だけかもしれませんけど、全体像を掴まないと個々を理解することが難しくて、最初に全体イメージを把握するところから入って部分に進むようにすれば、わかりやすくなると考えました。それで考えたのが冒頭に挿入した歴史絵巻です。ここに会社全体の変遷、事業・技術の変遷、拠点やグループ会社の変遷、営業種目の変遷などを一望できるようになっています。もともと橋本が考えていたアイデアなんですが、これはわかりやすい!と思って。
橋本:たしかに元は私の思い付きだったんですけど、半分、お蔵入りにしていたんです。それを奥冨が引っ張り出してきて粘り強く掲載を主張してくれたんで、「やっぱりあったほうがいいのかな」と考えを改めたという経緯があります。ここの観音開きをひらいたら、歴史がバーッと一発でわかって効果的ですよね。
写真:歴史絵巻 観音開きをとじたところ
写真:観音開きをひらいたところ
奥冨:その前後には「過去に活躍した製品群」「現在も活躍するレガシー」という写真ページをつけました。「レガシー」のほうは過去の施工案件で現在も使用されているもので、築地本願寺様とかJR上野駅に、二人で写真を撮りに行きましたね。
あと、研究開発コンセプトマップということで、弊社が世の中の身近な生活にかかわっていることをイラストにしたページもあります。
写真:現在も活躍するレガシー
写真:研究開発コンセプトマップ橋本:2025年当時の社長・石田と初代社長の架空対談は、石田の発案なんです。初代社長にまつわる資料をAIに読み込ませて、初代社長AIと石田が対話を試みるという今の時代らしい発想でした。 社内報では似たような例があったんですけど、社史に取り込むにはまだ時代が追い付いておらず、結局AIでは上手くできなくて、現代の社長と初代社長の対話という形になりました。
あくまで架空に過ぎませんけれども、初代社長が現世代の人たちをあたたかく励ましてくれたということで、ちょっと素敵な記事だと思いませんか?
写真:社長対談

涙なくして読めないエピソードもあるんですよ」
会社への熱い愛情にあふれた『三機工業百年史』。それは経営層、各部門代表、専門職の方などの熱心な協力、編纂事務局メンバーの互いの信頼とチームワークから編み上げられました。10年にわたった息の長い編纂過程を振り返り、完成後のお気持ちなどもお聞きしました。
膨大な資料や情報を約400ページの社史に詰め込むにあたって、そのコツとかポイントのようなものがありますでしょうか?
橋本:10年前から社史編纂の準備のようなことをしていて、最初の2年くらいは当時の会長・梶浦から、本には書けないような裏話も含めて、歴史の話を毎週1回、約1年半にわたって聞かせてもらっていました。私は会社の在籍が長いので知っていることも多かったのですが、梶浦からの聞き取りで歴史観がくっきりと明確になっていったと思います。そのあと5年ほど、諸先輩が残してくれた約70~80にのぼる段ボール箱の資料の整理をしつつ、必要事項をハードディスクへ格納しました。次に出版文化社様に弊社のできごととその資料や内容をいつでも引き出せるよう、「情報図書館」という名称の社内用Webサイトを制作していただきました。
しかし社史はただ1人で地道に情報を整理するだけでは作れず、多くの人の協力が必要不可欠ですね。特に最終段階当時の社長・石田、担当専務・工藤には始終コミュニケーションの機会をとってもらいましたし、各部門の代表者には何回も会議のために集まってもらいました。
また編纂事務局メンバーにも恵まれたと思います。いま同席しています奥冨のほか退社したのですが、高橋と、3人で最後の3年はきっちり詰めてまいりました。三人三様の知恵で乗り切った感じです。それに、高橋、橋本の頭の硬さと違って、奥冨は発想が柔軟なので、何かと行き詰った時の救世主でしたし、膨大な資料の整理をしてくれました。奥冨に加わってもらったことでとても心強かったです。
奥冨:私はまだ在籍10年ほどで会社に詳しいというわけではないのですが、最初は経営企画部に配属されたために、会社の色々な施策の概要や資料のありかが何となくわかるということはありました。そして今は広報部員として会社の情報発信にかかわっているので、その意味でも社史編纂の仕事にはこれまでの経験を生かせたかなと思います。
橋本:事務局メンバーはじめ多くの方の協力を得られたのですが、それでもまだ技術面での知識については不案内でして。何とか知識不足を突破したいともがきながら業界誌を繰っていたら、当社の専門職の記事を発見しました。私は「これだ!」と小躍りしまして、早速、技術アドバイザーとしてその社員を迎えることができました。これも大きな要因です。
私達は自分では原稿を書くことはあまりしませんでしたが、色々な人たちにお願いしたり、部内ではメンバーと仕事を効率的に分担するようにしました。私としては、自分は編集長に徹して編纂事務局が中心となって会社の総力を結集して社史をまとめた、という気持ちをもっています。
写真:資料キャビネット
沿革編のストーリーづくりは、どのように進めましたか?
橋本:弊社では過去3回、社史やそれに類するものを発刊してきています。会社立上げや戦中戦後のドラマチックなエピソードに泣けてくる『三機工業三十五年史』(1960年刊)、技術紹介が中心の『SANKI 60』(1986年刊行)、満遍なく記録に徹した『三機工業七十年史』(1995年刊行)の3つですね。
石田としてはやはりドラマチックな、涙をそそるような社史にしたい気持ちが強かったんでが、百年史を参考書と位置付けるとそれはできない。どうしても七十年史のようにせざるを得なかったんです。
奥冨:とはいえ400ページにもわたって淡々としたものが続くとさすがに読んでくれないだろうと思って、歴史絵巻を入れたり、コラムやトピックなど簡単に読み切れる小さな記事で三機スピリッツを感じてもらえればいいかなと工夫をしたんです。
橋本:歴史の記述において各時代をどうみるか、つまり時代区分というのが大事です。百年史では、創立・戦前期、戦後復興・高度成長期とし、そのあとは割と機械的におよそ10年ごとの区切りにしました。時代の変遷は実際のところ、各部門によって独自な動きをしているので、それを全部考慮に入れると社史がまとまりません。そこで弊社でもっとも重視されている統合報告書『SANKI REPORT』に掲載の「弊社の歩み」が10年ごとの区分になっていたので、章分けはそれに揃えようと決めました。そして各節ではどのようなことを書くのか、最初に掲載基準を明確に決めたうえで、かなり綿密な打ち合わせを繰り返しました。
奥冨:そのおかげで大きな手戻りはなかったのですが、原稿作成途中では大変なことも起こしてしまいました。というのは七十年史と百年史で時代区分が違ったものですから、七十年史で一つのテーマとして何年かにわたって書かれている事項を数か所に切り分ける、切り分けたあとの文章をどう整えるだとかですね。その整理でライターさんにかなり負担をかけることになってしまいました。
写真:沿革編 トピック、コラム

発刊後、編纂担当者としてどのようなことをお感じになりましたか? また読まれた方の反応はいかがですか?
橋本:この本は三機の歴史に関する参考書なので間違いは許されません。とはいえ多くの資料や証言を突き合わせて作るため、現実に齟齬は生じえます。このあいだも弊社の工場の開設年次をめぐって、今回の百年史と過去の年史とで少し食い違いがあると指摘されたんです。
奥冨:あれは焦りましたよね。
橋本:よく資料を調べなおしましたらどちらも間違いではないことがわかったのですが、編纂を終えた今でも、「何か指摘されないかな」とドキドキしているというのが、奥冨と私のまず第一の感想というか心境ですね。
編集後記に少し書きましたけど、弊社の歴史のなかには本当に、涙なくして読めないエピソードもあるんですよ。編纂の目的からすると、社員の皆にはそんなことを知ってほしいとは思うのですが、記述内容に関する具体的な感想は、まだ聞いたことがないですね。
奥冨:「あんなに分厚いのを作るのは大変だったね」みたいな労いの言葉とか、イラストがわかりやすいとかいった言葉はいただきます。声をかけていただけるのは嬉しいのですが、中身に対する感想があればもっと嬉しいですね。(笑)
橋本:しかし資料としては間違いなく充実していますから、何か必要があったときに調べる拠り所として、参考書的にはよく使ってもらっている感じがします。その意味では編纂の目的は十分に実現できているんじゃないでしょうか。
「後輩のために、後世の社員のために」と思って頑張ってきたものでもありますから、末永く会社の参考書の一つとして活用してもらえたら嬉しいです。
写真:資料編より

お忙しいところ、ありがとうございました。
■三機工業株式会社
空調・冷熱、給排水・衛生、電気、情報通信、ファシリティシステム、搬送システム、搬送機器、廃棄物処理、水処理など、さまざまな分野の技術を生かし、総合エンジニアリング力で快適環境の実現に貢献する三井グループの設備建設会社。東証プライム上場。従業員数2,653名(連結、2025年3月31日現在)
【公式ウェブサイト】 https://www.sanki.co.jp/
【社史ページ】 https://www.sanki.co.jp/100th/history/index_h5.html#t1



