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表紙

『関西外大80年史』

日ごろからの情報発信の適切なアーカイブ化と、経営トップや各部門とのこまめなコミュニケーションが功を奏して、期待通りの年史にすることができました。単なる歴史記録にとどまらず、近年の飛躍の礎となった重要プロジェクトの再評価によって、希望あふれる100周年を見通せるものとなっています。

A4版並製本 カラー208頁 2025年11月発行

学校法人 関西外国語大学
広報部 中津幸久様

これまで、どのような方法で貴学の各時代の取り組みを記録、継承してこられたのですか?

中津:本学はこれまでも定期的に年史を発刊しており、既刊年史として50年史、60年史、Photo Story仕立ての70年史、短期大学部の70年史などがありました。その他にトップによる手記として、先代理事長の谷本貞人著『関西外大づくり三十八年』(1988年)、現理事長の谷本榮子著『関西外大と私』(2021年)が発刊されています。そのため、創立からの歴史は各種史料により詳細が残されていると言える状況であり、また当80年史も慣例に従う形で刊行が決まりました。

80年史の発刊目的や、そのために力を入れられた点をお教えください。

中津:この80年史は、発刊目的を「20年後の100周年を見すえ、過去の年史を再整理する」とし、そのための未来へ“繋ぐ”『80年通史』として編纂しました。一方で、既刊年史が充実していたこともあり、古い時代の詳細はそちらを見ていただくこととし、近年については、70年史が写真主体の構成であったため、60年史発刊時から現在までの近20年に重点を置くことに力を入れました。

近20年の描き方について、どのように工夫されたのかお聞かせください。

中津:本学の近20年、すなわち『21世紀の外大』(第一部のタイトル)の主要な柱は2つあります。 一つは現在の本拠地となっている中宮キャンパスの開学、もう一つは、国内でも最大級といえる海外の協定校数を誇る国際交流ネットワークです。

一つめの中宮キャンパス開学は、今日の本学のありようを語るうえで間違いなく重要なターニングポイントとなるできごとでした。しかし70年史は写真中心の『Photo Story』として構成したため、この中宮キャンパスの用地取得からオープンに至るまでの過程についてはあまり詳細には触れられていませんでした。

実は当時、10年以上かけて行ってきた旧来のキャンパスを大幅にリニューアルする事業が、9割ほど完成した段階でした。ところが、7万坪もある中宮の土地が売りに出されるという情報が飛び込み、理事長が各方面に交渉して数々の難関を突破し、ついに中宮キャンパス開学にこぎつけたのです。駅から徒歩圏内となり、複数の学舎が一体化して広大なキャンパスが完成しました。これを大きなきっかけとして本学のブランド力も大きく向上してきた経緯があります。完成目前のリニューアル事業を変更してでも決断して行われたのが、この中宮キャンパスの計画です。本学の歴史において、当キャンパス開学までの一連の流れは歴史的な重要性を持つため、100周年を迎える前の現時点で残すことができたことは大きな意義があると思います。

関西外大80年史 本編
関西外大80年史 本編

もう一つの国際交流ネットワークについては、どのような点に焦点を当てたのですか?

中津:本学の国際交流が、紆余曲折を乗り越えながら半世紀をかけて現在の規模に成長した過程で、どのような点に創意工夫を行ってきたのか、その歴史を描いています。本学では当初から提携先と相互に費用を負担する対等な交流にこだわり、また、学生が利用しやすい多種多様な留学制度を構築してきました。

他にも留学生と日本人学生が「学・食・住」をともにする国際寮を備えた御殿山キャンパス・グローバルタウンの開学、学部・学科の多様化・拡大、地域との交流など、本学が「外国語大学」ではなく真の意味での「外国学大学」として発展していくための取り組みを記録しています。

前述の中宮キャンパス開学とあわせ、こうした近年の意欲的な取り組みがダイレクトに伝わるよう、時系列に沿って歴史を包括的に書き進める章立てではなく、近20年を書籍の最初のページに置くこととしました。また、口絵では現在の各キャンパスのハード面の魅力と活気ある学生たちのようすを表現しようと、昼間だけでなく早朝や夕暮れの時間帯を狙ってロケ撮影を行いました。

関西外大80年史 本編
関西外大80年史 本編

学内の編纂体制づくり、運営はどのようにされましたか? また各方面からの協力を取り付けるのに留意されたことは?

中津:広報部が主導し、内容構成や取材、事実確認等については理事長、両学長(大学・短期大学部)ら大学幹部、関係各部署に適宜協力を要請するようにしました。さらに、原稿が形になってきた早い段階で、大学の歴史に詳しい職員や上層部に上申を行い、組織内での歴史観の統一を図りました。この歴史観の統一を早い時期に行ったことが、その後の良い流れを決定づけたものと思います。

また、このように学内キーマンを巻き込んでいくことで、当初は予定になかった幹部座談会や理事会撮影を盛り込む話に発展していきました。この企画によって、歴史だけでなく、大学の「今」や、「今後の展望」を幹部からの発信として説得力をもって残すことにつながっていると思います。

関西外大80年史 本編
関西外大80年史 本編

年史の基礎となる資料類は、またその情報整理はうまく進みましたか?

中津:冒頭に述べたように、50年史以降10年ごとに年史をまとめていたほか、前理事長および現理事長の手記がありました。またいずれも1970年代に創刊した学生・学外向けの広報誌「外大通信」と職員向けの広報誌「学内報」のバックナンバーがそろっているため、資料は十分でした。

直近10年ほどの動きに関してはホームページにニュースとして掲載していましたし、現理事長の手記を制作した際、年表づくりを入念に行った経緯がありましたので、年表(基礎情報台帳)はさほど苦労なく作成することができました。これを重要度別にリストアップしたことで、改めて必要な項目が明確になったように感じています。

写真は基本的には広報誌に掲載されたものを保存しているのですが、写真探しで手間取ったものが何点かありました。誌面を点検しながら丹念に探し、見つかったものもありました。
ただ、資料は十分にそろっていたもののデータ化されておらず、扱いにくい面もありました。そこで出版文化社にスキャンを依頼し、紙ベースで残していた資料を電子化する良い機会となりました。

長い編纂期間のうちには、先行きが見通せずハラハラしたこともあったのではないですか?

中津:前述の整備途中で事業を中断していたキャンパスについて、これを再活用するための新規大型プロジェクトが80周年記念事業として立ち上がり、80年史制作と並行して交渉が進められていました。年史に掲載できるかどうかがぎりぎりまで決まらなかったのですが、結局、原稿締め切りを少し延ばし、公表できる範囲内でプロジェクトの概要と完成予想図を含め4ページ分の原稿を掲載することができました。本学の今後を見据えどうしても入れておきたいという広報部、大学上層部と関係部署の意向が一致した結果となりました。

公表できる情報の範囲が定まってから、原稿は大学側の広報部が数日で書き上げ、出版文化社に渡し、1週間ほどで完成しました。双方のスピーディな対応によって校了ぎりぎりのタイミングで現時点での最新情報が追加できたことに満足しています。

関西外大80年史 本編
関西外大80年史 本編

プロジェクト運営でもっとも注意を払われたのはどのようなことですか?

中津:工程の節目で、こまめに大学上層部に進行状況を説明し、事前に指摘や助言を得て適切に対応していくことなのではないかと思います。この種のプロジェクトでは、他部署から異なる意見が出てくることもあるので、事前の承諾や、その都度の適切な調整が必要です。上層部と意思疎通を図りながらレイアウトを変更したり、写真を差し替えたりして完成度を高めたことで、学内主要者の意図を反映したまとまった仕上がりになったと思います。

編纂が無事に終了して、今のお気持ちはいかがですか?

中津:まずはあとりあえず無事に終わり、安堵した、というのが正直な感想です。
年史を送付したOBから大学上層部に対し、「いいものをつくっていただいた」といった趣旨の言葉が届いたと聞きました。

主だった関係先には配布済みですが、特別の来客があった場合や他大学と行うイベントなどの際にも配布していくことになると思います。

10年ごとに年史を制作してきており、次は90年史、さらに100年史を制作することになると思われます。さらに良いものをつくるべく、今回の経験を生かしていきたいと考えています。

お忙しいところ、ありがとうございました。

■学校法人 関西外国語大学

1945年11月、谷本英学院として大阪市に創立。戦争を繰り返さない決意を外国語教育に託し、「国際社会に貢献する人材の育成」と「実学」の理念を掲げた。この理念に基づき発展を続けている。短期大学部(1953年設置、当時は短期大学)、大学(1966年設置)、大学院(1973年修士課程、1979年博士課程設置)、留学生別科(1972年設置)からなり、学生数約1万3000人。
https://www.kansaigaidai.ac.jp/

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