社史にはどういうタイプがあるか

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他社の例を研究する

社史を発行する企業は、当然「どのような社史をつくろうか」と真剣に考えられます。そして、ほとんどの担当者は会社に贈呈されている他社の社史をはじめ、出版社や図書館にあるもの、あるいは古書店などを探してどんな社史がいいのか検討をされます。

普通はそうして、「必要と考えられる社史の情報」を集められます。そのように、自分の頭と目、それに足で情報を集められることは非常に有意義なことで、これから社史の編纂を担当される方にはぜひそうしていただきたいものです。

当社でお手伝いさせていただいている会社の担当者は、「1万冊の社史を見ました」と言われました。その方は、トップから「社史の制作を担当するように」と命じられてから、社史というものはどういうものか、とにかく数多く見てみようと考えられたのです。

そのようにいろんなタイプの社史を比較検討したうえで、「わが社の社史はどのようなタイプにするか」と考え、外部のアドバイスをもらいたいということでお問い合わせいただいたわけです。
そのとき、「自分なりにたくさんの社史を見て、こういうような内容のものにしたいという考え方はまとめた。ただ、自分は社員であるため、会社を客観的に 見ることができにくい。わが社にとってどういう社史がいいのか考えると、一度、外部の人が客観的にわが社を見て『御社だったら、こういう社史がいいのでは ないか』という意見を聞いてみたかった」とおっしゃいました。

このように、いろんなタイプの社史を研究したうえで、自社の社史を考えるというのは、たいへん素晴らしい企画の詰め方です。

社史のタイプを決める物理的条件

どのようなタイプの社史にするか検討するときのポイントは、まず刊行予定日までにどれだけの時間があるかということです。次に、コストをどの程度かけられるのかということが大きく影響します。

時間とコストという基準が定まれば、どのようなタイプの社史が可能かということはある程度絞り込むことができます。しかし、そのプランに「わが社の個性」をどのように上積みすることができるかが、特徴のある社史をつくるうえでは重要です。

社史・6つのタイプ

タイプ(1)「資料性の高い社史」

従来、数多くの大手企業が作ってこられた、分厚くて重たい社史をイメージしていただければよいでしょう。  社史は、明治時代から大手企業によって発行されてきており、いちばん最初に社史を発行したのは日本銀行だと言われています。日本銀行は、経済指標や国の財務諸表等をまとめて社史を作られました。それにならって、大手銀行が社史をつくり、またそれを見た当時の製造業者が同じような趣旨の社史を作ってきました。

日本の社史は、このように資料性の高いものから出発しているため、分厚くて重たいものが正統派の社史であると考えられてきたわけです。そういう社史の基本になっているのは、年月の経過と共に起きたできごとを克明に記していくことを最大の目的とする点でした。そのために、資料類も細かく網羅されており、内部の関係者だけでなく外部の専門家の力も借りて編纂されています。

そのような資料性の高い社史は、学者や研究者の方からたいへん高い評価を受けています。このような背景があって、資料性の高い社史が正統派の社史とされてきたといえるでしょう。また、そのような社史をつくることが、本来の姿だとも言われたのです。その傾向が強かったのは重工業や巨大企業でした。

タイプ(2)「社員参加型の社史」

これは、できるだけ多くの社員に社史づくりに参加してもらう、もしくは社史そのものにも登場してもらうというものです。

編集の過程において、多くの従業員からアンケートをとったり、資料の収集・整理に協力をしていただいたり、ときには誌面に登場していただくという工夫をして、できるだけ多くの従業員に社史づくりへ関心を持ってもらうことを目的の一つにおいています。

このような社史づくりは、これからの企業にとってたいへん重要な課題ではないでしょうか。 社史というのは、極端に言えば本を編集することが目的ではなく、完成するまでの過程が大事だと言えます。最初にたてた社史の目的に向かって、いかに全社をまとめていくか、あるいは社史を制作する過程を通じて、いかに社員のコンセンサスを醸成していくかということにこそ、社史を刊行する大きな意義があるわけです。

したがって、社員参加型の社史を意図する場合、社員に対して“周年”への関心をもってもらうという明確な目的があります。例えば、当社ではいま制作中の企業に対し、「○周年まであと何日」というカウントダウン・ポスターを作られるようおすすめしています。その中で同時に、「こんな資料を探しています。こんな写真をもっていませんか」という訴求もできるわけです。

タイプ(3)「見せる社史」

読者の側からみれば、小さな活字がびっしりと詰まっている社史、しかも500頁や1000頁といった分厚いものを完全に読破するのはやはり負担ではないでしょうか。

当時、社史は全社員に配るものだという考え方が中心で、社史の制作費用は多くの企業が福利厚生費として処理していました。 ところが昭和60年代に入ると、読まれない社史を作るのはやめよう、誰にでも気安く見られる社史を作ろうではないかと考える企業が出てきました。そのように、「見せることに重点をおいた社史」というのは、若い人を中心に、幅広い人に見てもらえる写真を中心にした社史です。

以降、それまでの主流だったA5判やB5判と違う、A4判やB4判、あるいはその変形判というような大きなサイズのものが増えてきました。これは、判型を大きくして余裕のあるレイアウトをしようということと同時に、視覚的訴求を中心にして若手社員向けを意識したものと思われます。実際に作られたものを見ても、写真を多く使い、文章はあくまでも写真を補足する形で掲載するという考え方のようです。見せる社史の場合は書籍だけでなく、会社の歴史をムービーとして制作することも考えられます

タイプ(4)「読ませる社史」

いままでの社史の文章というのは、多くが「わが社は…」とか「当社は…」というように1人称でした。つまり、会社の自叙伝という考え方だったわけです。

ところが「読ませる社史」というのは、書き方もできるだけ分かりやすく、難しい漢字はなるべく使わずに表現するという工夫が必要です。しかも、内容の構成の仕方に抑揚をつける、あるいは構成案の作り方、例えば全体を何章だてにするとか、歴史をどこで区切るとか、興味深く読んでもらうためにどのような“山と谷”をつくるのかというさまざまな工夫が要求されます。

そのようなことから、1人称の独白調であっても、ドキュメント・タッチの社史が制作されるようになってきています。そこで、もっと大胆に会社の特徴を客観的に描こうと考えて3人称の文体で記述する社史も現れてきました。

なかには、社史を書店で発売されている企業もあります。SONYは、その典型的な例といえるでしょう。『会社の勇気』というタイトルで社史をつくり、書店で販売されています。内容は、SONYの創業から昭和50年代初期までの、苦闘の歴史をまざまざと書いてあります。

当社でもいくつか手がけてまいりましたが、このような考え方で社史を発行されているのは、消費財関連の会社や、消費者と直接関係のある会社に多いようです。

タイプ(5)「会社案内的な社史」

これは、発行する企業の方にも多少の色気があって、会社の歴史をまとめて社史にするだけでなく、お客様にも見ていただいてよりよいイメージをもってほしいという、宣伝効果を狙うというところがあります。

それは、普通8頁から32頁くらいで制作されることの多い会社案内を、100頁前後のものにまとめるという方法です。

まず、わが社の現状というものを綺麗なカラー写真で数多く紹介し、その後に製品や営業網等を掲載され、次に会社の沿革・歴史を写真や図版で紹介するというものです。したがって本文は全体の半分くらいで、残りがお取引先の声や資料編で構成されています。なかには、営業案内的な要素も含まれています。

そのような社史の場合、経費のかけかたも福利厚生費ではなく、宣伝広告費という名目になっています。そうなると、会社としても経費の計上がしやすく、社史のための写真撮影等もされています。また、通常の社史に比べて配布対象が広く、活用年数も長いために、発行部数も多くなります。

タイプ(6)「記念誌的な性格の社史」

記念誌というのは、社史とはあきらかに目的、性格が違います。記念誌の特徴は、まず発行の目的がお祝いと御礼であるということです。

まず、「当社はおかげさまで○周年を迎えました」ということを、従業員やお取引先および関係者を含めて、共にお祝いしたいという主旨がはっきりと表されています。 御礼というのは、会社の存立を支えてくださっている人たちに、「○周年を迎えさせていただいてありがとうございます」という謝意を表したものです。

したがって、祝辞も堅苦しい内容よりは「おめでとう」という主旨のものが多く、体裁も構成内容も華やかになっています。

もう一つの特徴は関係者の寄稿が多いことで、できるだけ多くの関係者にご登場いただこうという意図がみられます。これは、記念誌の発行目的が「お祝いと御礼」ですから、感謝の気持ちを込めてできるだけ多くの方々にご登場願い、共に祝い、喜びあおうということで自然の成り行きでしょう。

華やかさの演出としてよくあるケースは、著名人にご登場願うということです。よく見受けられるのは有名タレントと社長との対談、あるいは企業訪問記などで、その記念誌をもらった従業員の方が“にっこり”とすれば、その記念誌の目的は達成されたといってよいでしょう。

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