どのような手順を踏めば必要な写真を集めることができるか

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社史や記念誌の編集を担当される方の共通の悩みのひとつは、「どうやって写真を集めたらいいのだろうか」ということです。 しかし、案ずるよりは産むが易しで、探してみればけっこう集まるものです。今回は愛知県豊田市で郷土史や記念誌等の編集に多数参画し、身をもって写真収集の苦労を重ねてノウハウを蓄積してこられた杉本誠氏のお話をお伺いすることができました。そのお話を基に、当社の経験を交えてこの稿をまとめました。

スタートはゆるやかに…

写真を収集する場合も、「どのような目的の、どういった本にするのか」というコンセプトをしっかりと固めておくことが不可欠です。

そして、編集責任者は何頁くらいの、こんな目的・構成の本だからせめてこの程度の写真は集めたいという、目標設定をしておくことが当然必要です。

しかし、どんな写真があるのか、どこにあるのか、果たして写真そのものが存在するのか分からないという手探りの状態で出発することになりがちです。したがって、あまりにも細かく基本方針を立ててしまうとそれに縛られてしまって身動きができなくなります。

最初は、アバウトに「社史を制作したいんですが、会社か仕事に関する写真をお持ちではないでしょうか?」というふうにゆるやかにスタートしたほうがいいでしょう。あまりにも細かく指定すると、他にいいものを持っているのに「そういう内容の写真はない」となり、ヒットを打てたのに、空振りになりかねません。

第1回目の依頼とその方法

写真収集の手順

      コンセプト決定
      必要写真の目標設定
      第1回目の依頼
      依頼状(返却期日等を明記)
      写真のチェック
      お礼状、預かり証
      必要写真の複写
      原版は複写後に返却
      分類
      目標との照合
      第2回目の依頼
      手順は1回目の依頼と同じ
      チェック・複写・分類
      全写真の検討
      編集・レイアウト
      必要なら外部(新聞社、自治体等)に依頼

次は、誰に頼めばいいかということです。

社内報を発行している会社なら、それを通じて全社員に社史や記念誌制作に必要な写真の提供を依頼することができます。そういう媒体がなければ、朝礼等の機会を利用してお願いすればいいでしょう。

また、OBの方に依頼する場合はOB名簿をもとに依頼状を発送して、その後電話でフォローします。このときに気を付けたいのは、依頼状を送りっぱなしにしないことと、OB会からも呼びかけてもらうようにすることです。とくに、OB会にあまり参加しない人にも声をいただくようお願いすると、思わぬ好結果が得られるかもしれません。

もし、編集担当者が自分のよく知っている人や、頼みやすい人に偏って依頼すれば、集まる写真も偏ったものになりかねません。なんといっても、社史や記念誌の編集を担当する者は、会社全体を視野に入れて取り組まなければいけません。 会社の場合なら、入社年次もしくは退職年次、学校であれば卒業年次というように年代で区切って依頼するのがベターでしょう。

「あなたは、昭和○年に退社されましたが、その時代の写真をご提供いただけないでしょうか」というような依頼をすれば、相手も、なぜ自分が依頼されたか納得できます。 年次別に収集するメリットは、まず幅広く写真が集まるということです。同時に、会社の時代の流れが見えてきます。これは、社史にとっては非常に大事なことです。 このときに注意しなければならないことは、(1)どのくらいの期間で返却するか(2)どのような方法で返却させていただくのがいいか、といったことを依頼状に必ず明記しておくことです。

借りる側は、「会社の仕事としてやっていることだから」といった意識があるかもしれません。しかし、写真を提供する人にとっては、その写真はお金に換えられない大切な人生の思い出かもしれませんから、きちんとした対応で信頼されるようにすることが必要です。

また、依頼状を発送するときに撮影時期・場所・内容などをメモできる用紙を同封することも大切です。「写真の説明を一から書いてください」というと嫌がる人も、「簡単なメモで結構です」といえば案外書いてくれます。不足分は、電話で聞けばすみます。

要は、最初の依頼は「どんなものが出てくるか」という市場調査みたいなものですから、まず数多く収集してみることが大切です。後は、編集のほうでそれをどのように選択し、活用するかということです。

協力者への感謝を込めて

さて、皆さんのご協力で写真が集まりました。しかし、これはゴールではなく写真収集作業のスタートなのです。

ここで必ず実行しておきたいことは、なにはさておきお礼状を出すことです。「ご協力有り難うございました。お預かりした貴重な写真は○カ月後、ご指定の○○便にて返却させていただきます」。同時に、「同封いたしましたのは、預り証です。内容をご確認のうえご査収ください」というものを同封すれば、協力者は編集事務局を信頼されます。

これは、協力者に対する最低限の礼儀であり、大切な写真をお預かりしているという編集者の心構えの表明でもあります。このように非常にテマヒマをかけてすることが、実は、その後の作業に大きな影響を及ぼすのです。

さて次は、集まった写真をチェックしながら、必要と思われるものすべてをカラーや白黒を問わず、多めに複写します。とくに、はがすことのできないアルバムにはこれがいちばんいい方法です。

複写する理由は、約束した期間に返却するため、複写ネガを会社に資料として保管できること、そして同一トーン・同一サイズの写真として利用できるということです。これは、実際の編集作業で大いに効果を発揮します。

第1回目の選択

座談会は、写真集めの有効な手段  (『太洋テクニカ50年史』より)
座談会は、写真集めの有効な手段
(『太洋テクニカ50年史』より)

複写した写真をずらっと並べて見ると、なんとなく全体の方向が見えてきます。

そして、全体のバランスを見ながら <箱> を作ってグループ分けします。そのときに、いくつの <箱> が出来るかが、その後の写真収集作業を大きく左右します。

分類した段階で、何とかなりそうな部分と、まったく不足な部分が歴然とします。そこで、より充実させたいものと、もっと集めたいものを見極めて、2回目の収集作戦を考えます。

協力者の輪を広げる

実は、このときに最初の収集でテマヒマをかけた努力が生きてくるのです。

2回目の依頼先には、当然、最初の依頼相手も含まれるでしょうが、その方はすでに編集部を信頼しておられます。 そういった方たちは、「自分はかくかくしかじかで、写真を提供した。君も持っているものを出してやったらどうだ。あの編集部はきちんとしていて信用できるから、大事な写真を渡しても絶対に安心できる」というふうに、周囲に勧めてくれます。そうやって、次第に協力者の輪が広がれば、また新しい写真が発見できる可能性が出てきます。

自分がかつて在職した会社が、社史なり記念誌を制作しているという噂は、同期の者、OB同士、あるいは同僚同士で必ず流れます。そういった方たちを、協力者として引きつけるような方法を考えれば、さらに協力者の輪は広がります。

最初のときは、非常にアバウトに写真提供を依頼しましたが、2回目のときは1回目の補充をするわけですから、「こういった内容のものを探しています。もし、あなたがお持ちでなかったらお知り合いの所にはないでしょうか」といったように、細かい要望を出します。

また、別の方法としては、例えば近い年次の人の座談会に集めた写真を見てもらうと、「そんな写真なら自分も持っている」というように、連想ゲームよろしく引っぱり出すことも可能です。そして、そのときの話は写真の説明を付けるときに非常に役立ちます。 そうやって、根気よく追加募集をすると、たいていの場合、全体像がハッキリと見えてきます。

依頼する側として決して忘れてならないことは、礼儀正しく、責任感を持って依頼先に接し「なんとか探してやろう」と思っていただけるようにもっていくことです。

最後に、編集の段階で社会の出来事や地元での出来事の写真がどうしても必要なときは、新聞社や地方自治体の広報担当に相談するといいでしょう。

『加茂蚕糸の歩み』のケース

表紙と本文
『加茂蚕糸の歩み』表紙と本文

加茂蚕糸は、大正6年に愛知県挙母町(現・豊田市)に誕生した、トヨタ自動車が進出するまで、従業員300余人を有する中堅企業として地域の発展に貢献した企業です。

平成4年、75年の歴史を一つの産業史としてまとめようという計画がもちあがりました。しかし、工場そのものは昭和56年に操業を停止しており、翌年にはその工場も解体され、記念誌編纂時には平屋の事務所が残っているだけでした。監修の杉本氏は、そのときの苦労を次のように語ってくれました。

「雲をつかむような状態でスタートしましたが、とにかく糸口をつかむために根気よく従業員座談会を繰り返し、少しずつ集めた写真を見てもらって、別の写真を引き出しました。

あるとき、老朽倉庫を取り壊すというので、念のために調べてみると、幸運なことに操業時の道具や衣服類が100点近くも出てきて、同時に工場内部を撮影したフィルムの束が見つかりました。そのとき私は『これでいける』と確信しました。結局、操業時の道具や服装、工場の模様、従業員の作業風景や暮らしぶり、寮生活の模様など約1000枚ほどの写真を集めることができました。

注意したのは、工場の空撮から外観、内部、そして作業風景というようにズームインの形になるよう、できるだけ立体的なレイアウトを工夫したことです」

「従業員の人たちに、加茂蚕糸は近代日本の産業を支えたんだ、私たちはそこで働いていたんだという、誇りを持っていただけるようにという気持をこめて編集しました。オーナー企業の場合、どうしてもそちらに目が向きがちですが、私はオーナー経営者個人に焦点を当てることなく、社会的意義のある企業だったんだということを主張しました。それで、地元のマスコミにも大きく取り上げられ、結局は経営者の評価を高めることになりました」